LGBTと
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外国の動向差別職場2023.05.31

SDGsがLGBTQに明確に言及しない、知られざる理由。失望と希望が入り混じる実状とは


SDGs(持続可能な開発目標)は、ここ数年ですっかり認知度を獲得し、誰もが一度は耳にしたことがある言葉になりました。SDGsは「誰ひとり取り残さない」を理念に、17個の目標が掲げられていますが、そこにLGBTQの人々の権利保護は明確に記載されていません。SDGsでLGBTQが抱える問題について言及されていない、知られざる理由と背景を法律家が解説します。(この記事はオンラインメディアBusiness+ITに2022年3月4日に掲載されたものです)。




SDGsを構成する17のゴール(目標)(出典:国連広報センター)



<目次>
1. すっかり認知度を得たSDGsの意外な事実
2. なぜLGBTQの権利はSDGsに明確に言及されていないのか?
3. 国連におけるLGBTQ問題の歴史はここから始まった
4. SDGsとLGBTQインクルージョンとの関係
5. SDGsとともに広がる、企業のLGBTQインクルージョンへの試み




すっかり認知度を得たSDGsの意外な事実
 すでに多くの方がご存知の通り、SDGsは2015年に国連で採択された、すべての人に尊厳のある生活を実現するための強力なコミットメントを具現化したもので、「より良く、より持続可能な未来を実現するための青写真」と言われています。SDGsは、貧困、格差、気候変動、環境保護、平和、正義など、地球規模の課題に取り組んでいます。SDGsを構成する17個の目標は相互に関連しており、国連は2030年までにこれらを達成することを目標として掲げています。
 では、このSDGsが掲げる目標の中には、LGBTQ(性的マイノリティ)の人々の権利の保護も含んでいるのでしょうか。この記事を読んでいる読者の皆様は、LGBTQの問題も当然、目標の中で取り上げられているのではないかとお思いかもしれません。
 しかし実際には、国連が発表しているSDGs本文、持続可能な開発のための2030アジェンダ、2021年度版「持続可能な開発目標報告書(2021 Sustainable Development Goals Report)」のいずれにおいても、LGBTQコミュニティに関する明確な言及はありません。
 以降では、LGBTQが抱える問題についてSDGsで言及されていない理由、政府間の協議におけるLGBTQ問題の歴史、そして、明確な言及はなくともLGBTQへの配慮がSDGsの暗黙の礎となっていることについて、ひも解いていきます。




なぜLGBTQの権利はSDGsに明確に言及されていないのか?
 すべての人の尊厳ある生活を実現するための枠組みを示すべく策定されたSDGsが、過去から今日に至るまで世界中で迫害と抑圧に苦しんできた人々について明確に言及していないのはなぜでしょうか? この問いに対する答えには、失望と希望の両方の側面があります。
 それは、LGBTQの権利に関する国際的なコンセンサスが依然として得られていないことを示すと同時に、具体的なコンセンサスが得られていないからこそ、SDGsに対してよりヒューマニスト的、普遍的、包括的な視点を示すことができるという希望でもあります。
 現在、世界には195カ国が存在すると言われており、そのうち193カ国が国連に加盟しており、2カ国が正式加盟国ではないオブザーバー国家となっています。このうち、71の国・地域では、合意の上で行われる同性間の私的な性行為を犯罪としており、そのうち43の国・地域では、「レズビアン」「同性との性的関係」「重大なわいせつ行為」を禁止する法律を用いて、女性同士の合意に基づく私的な性行為を犯罪としています。
 また、11の国・地域では、合意の上での私的な同性間の性行為について(少なくとも理論上は)死刑を法定刑として定めており、少なくとも6カ国では、実際に死刑が執行されています。
 その上、15の国・地域では、いわゆる「女装(cross-dressing)」「なりすまし(impersonation)」「変装(disguise)」を、法を用いてトランスジェンダーの人々の性自認や表現を犯罪として扱っています。
 このように、世界195カ国のうち、少なくとも71カ国で法的抑圧を受けているLGBTQの人々の発展を、SDGsの目標の1つとして積極的に定めることができるでしょうか。残念ながら、それは不可能です。
 SDGsも含まれる「権利に関する法」は、条約であるかどうかにかかわらず、各国間の激しい交渉、妥協、議論のプロセスを経て採択されます。異なる意見を持つ国連加盟国によって、ある目標がスムーズに採択されるためには、その目的が非具体的で、議論の余地がないものでなければなりません。そのため、一連の権利または目標を採択するためには、明確性と具体性をある程度犠牲にせざるを得ないのです。
 このような権利に関する法において、ある権利が他の権利との関係でどのように解釈されるかについての指針が含まれていることは稀です。このような権利や目標を解釈する人は、客観的な文章と、その文章の「精神」を主観的に読み取ることで、優先順位、内容、制限の基準を決定することになります。そういった意味で、権利や目標を定めた本文自体は、「必要なフィクション(necessary fiction)」と表現されています。
 実際にSDGsの本文を見てみることにしましょう。一般的に保護されている人の特徴である性別、人種、宗教、年齢、性的指向の中で、性別だけが具体的に記載されていることがわかります(目標5は特に男女平等に焦点を当てています)。LGBTQだけでなく、宗教、異なる人種や民族、高齢者、未成年についてもSDGsでは明示的に言及されていません。
 多様な人々に支持される目標を作成するためには、一見すると物足りない文書にならざるを得ないこともあります。ですが、以下に述べる通り、LGBTQの人々がこの事実を悲観視する必要はありません。SDGsに関しては、非具体的な本文であるからこそ、素直な解釈によって、LGBTQの人々がSDGsで保護されるべき層に含まれていることが確認できるのです。




国連におけるLGBTQ問題の歴史はここから始まった
 1993年以前の国際的な政府間文書で、「セクシュアリティ」や「性的」という言葉が登場したことはありませんでした(1989年の子どもの権利条約で、性的搾取や性的虐待からの保護が規定されたことを除きます)。
 セクシュアリティは、結婚して家庭を築く権利、配偶者を選ぶ権利、家族計画を立てる権利、子どもの数や間隔を決める権利など、関連するテーマの中で暗黙のうちに扱われていました。これらの権利は、「異性間の結婚」を基礎としており、生殖も重要な要素となっています。
 カナダの活動家であるフランソワーズ・ジラール氏は、国連におけるLGBTQ問題の発展をたどり、国際的な人権が性と生殖の問題に適用されるべきだという考えが、1980年代にフェミニスト団体によって初めて検討されたことを指摘しています
 女性の健康問題に取り組むグループは、1980年代以降、家族計画による強制や安全でない妊娠中絶を喫緊の課題として認識していました。
 1984年にアムステルダムで開催された女性と健康国際会議では、世界中の女性が自分の「リプロダクティブ・ライフ(性と生殖に関する健康)」と「リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する権利)」をコントロールできるようになることが急務であるという点で、活動家たちの意見が一致しました。
 1990年代初頭には、これらの問題に関して、女性の健康を擁護する活発な同盟が形成されました。
 また、人権問題に取り組むグループは、女性に対する暴力、特に性的暴力を緊急でありながら放置されている問題として取り上げました。その一方で、フェミニズム運動のレズビアンやレズビアン&ゲイのグループは、さまざまな国際フォーラムで性的指向に基づく差別の問題を提起し始めました。国際的な議論の中でLGBTQの問題が最初に発展したのは、フェミニスト団体の活動が発展し、受け入れられるようになったことの裏返しでもあります。
 1995年の北京行動綱領第96項は、国際条約における「性的指向」という言葉の使用に関する国家間の交渉を経て、セクシュアリティに関する事項が初めて文書化されたものです。包括的な表現を支持する者(欧州連合加盟国と南米の一部の国)と限定的な表現を支持する者(イスラム教の大多数の国とローマ教皇庁)は、交渉と妥協の末、女性が自分のセクシュアリティに関する事柄をコントロールする権利について、次のような文言とすることを合意しました。

女性の人権には、強制、差別及び暴力のない性に関する健康及びリプロダクティブ・ヘルスを含む、自らのセクシュアリティに関する事柄を管理し、それらについて自由かつ責任ある決定を行う権利が含まれる。全人格への全面的な敬意を含む、性的関係及び性と生殖に関する事柄における女性と男性の平等な関係には、相互の尊重と同意、及び性行動とその結果に対する責任の共有が必要である。

 以前の草案では含まれていた「男性」「青少年」「性的権利」の記述は、削除されています。
 世界中のLGBTQが直面している問題を明確に認識し、SDGs本文に反映させるための十分な国際的コンセンサスがまだ得られていないのは残念なことです。国家間レベルでLGBTQの問題を明確に認識するという目標はまだ第一段階に過ぎません。問題を認識した上で、それを解決するという第二段階がより重要なのであって、今後の発展が期待されます。




SDGsとLGBTQインクルージョンとの関係
 では、具体的にSDGsにおいてLGBTQの権利の保護はどのように読み取れるのでしょうか。
 ストーンウォール・インターナショナルは2015年に、SDGsがLGBTQにどのように適用されるかを詳しく説明した報告書を発表しました。SDGsは、2030アジェンダの前文にも記されている通り、「誰も置き去りにしない(No one left behind)」という基本理念に基づいています。
 この理念は、貧困を撲滅し、持続的に発展する世界を実現するためには、社会的に疎外されたグループや社会的弱者を含む、社会のあらゆる層が169のターゲットを達成する必要があることを示しています。 そして、SDGsで使われている文言は、LGBTQを含むすべての人に適用できるよう、包括的なものとなっています。

目標1:あらゆる場所であらゆる形態の貧困に終止符を打つ
目標3:あらゆる年齢層のすべての人の健康的な生活を確保し、福祉を推進する
目標4:すべての人に包摂的かつ公平で質の高い教育を提供し、生涯学習の機会を促進する
目標5:ジェンダーの平等を達成し、すべての女性と女児のエンパワーメントを図る
目標10:国内および国家間の格差を是正する
目標11:都市と人間の居住地を包摂的、安全、強靭かつ持続可能にする
目標16:持続可能な開発に向けて平和で包摂的な社会を推進し、すべての人に司法へのアクセスを提供するとともに、あらゆるレベルにおいて効果的で責任ある包摂的な制度を構築する

 上記の例から明らかなとおり、SDGsは「暗黙の了解」としてLGBTQの人々にも適用されているのです。そのため、近年多く企業や国は、LGBTQの権利をSDGsの文脈に含めて、さまざまな施策を推進しています。




SDGsとともに広がる、企業のLGBTQインクルージョンへの試み
 現在、多くの企業が具体的にLGBTQの権利の保護をSDGsの一内容として具体的に明示して、達成に向けて取り組んでいます。これらの企業は、LGBTQの従業員が働きやすい環境を作ることで、SDGsの達成に役立つと同時に、さまざまな面で自社のビジネスに利益をもたらすこということを知っているからです。
 最近の研究によれば、業績の高い企業ほどLGBTQに配慮しているという研究結果が出ています。
 たとえば、フォーチュン500に選出された企業の89%が性的指向に基づく差別を禁止し、66%が性自認に基づく差別を禁止しています。LGBTQのビジネスへの影響を調査した結果、LGBTQの従業員をサポートしている組織は、より生産性が高く、仕事に情熱をもった労働力を獲得しており、さらに職場の人間関係や健康面も向上していることがわかりました。
 また、新興市場に本社を置く急成長中の企業96社を分析した調査では、LGBTQのインクルージョンを提唱している企業は、優秀な人材を惹きつけ、そうした人材が留まる傾向があることがわかっています。
 LLAN(LGBTとアライのための法律家ネットワーク)とOpen For Businessは、国内外で企業がこのようなアプローチを推進するためのプラットフォームを提供してきました。LLANは、在日米国商工会議所と緊密に連携し、日本政府に同性婚を認めるよう提言する「婚姻の平等に関する提言」への支持を拡大してきました。
 特にビジネスの側面からは、同性婚を認めることにより、多様な従業員によりインクルーシブな生活・職場環境を整備することができ、国際的なレベルの人材を獲得し、日本企業の生産性を最大化することに資すると考えているからです。
 この記事の執筆時点で、国内外の163を超える企業・団体がこの提言に賛同しており、今後もその数は増加していくと思われます(婚姻の平等に関する提言に関してまとめた過去の記事はこちら)。
 また、Open for Businessは2020年に、企業幹部向けにSDGsとLGBTQインクルージョンの関連性を詳しく説明し、SDGs関連施策とLGBT+インクルージョンへの取り組みをどのように結びつけるか解説するビジネス指南書を発行しています。
 多種多様な歴史、宗教、信条を持った国家間で、LGBTQの問題に関するコンセンサスを得ることは確かに難しい課題です。しかし、私たちは、民間企業や団体がイニシアチブを取って、SDGsの枠組みを通してLGBTQインクルージョンの取り組みを行うことが、世論を変え、ひいては国や国際社会を変える力になると確信しています。
 本記事を読んでいる読者の皆様も、SDGsへの取り組みの一環として、会社でLGBTQの権利の保護に関する施策を検討してみてはいかがでしょうか。




〔参考文献〕
Human Dignity Trust「Map of Countries that Criminalise LGBT People
Stonewall International「The Sustainable Development Goals and LGBT Inclusion
Open For Businss「LGBT+ Inclusion and the UN Sustainable Development Goals




LGBTとアライのための法律家ネットワーク アレキサンダー・ドミトレンコ、大原純子

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