LGBTと
アライのための
法律家ネットワーク
職場2023.05.30

職場のLGBT支援、当事者が相談したいのは「人事部門」だけなのか?


「企業のLGBT支援」というと、LGBT支援は人事部門の所管事項であると考える人も多いでしょう。支援というと、同性カップルの出産や育児に伴う休暇の利用、同性カップルやその親族についての慶弔休暇や介護休暇の利用、海外赴任の際に、同性パートナーの帯同を会社の費用負担で認める、トランスジェンダーの社員に、性自認に従ったトイレや更衣室の使用を認めるといった、就業規則に代表される人事制度とその運用に関わるものがよく知られているからです。ですが、人事部門に任せておけば十分なのでしょうか。(この記事はオンラインメディアBusiness+ITに2019年12月13日に掲載されたものです)。




<目次>
1. アライの存在の重要性
2. ビジネスパーソンに必要なLGBT理解
3. ハードの整備とソフトの充実は車の両輪




アライの存在の重要性
 LGBTアクティビストの増原裕子氏はNBL 2018年9月1日号において、LGBT当事者は、子ども時代から差別、偏見に遭いやすく、自己肯定感を育てにくい状況に置かれていると指摘しています。
 同性婚人権救済弁護団編『同性婚 だれもが自由に結婚する権利』にも、今なお社会の根強い偏見や誤解ゆえに、日常の多くの場面で本来の自分を表現することを控えざるを得ず、会社や知人の前で偽りの自分を演じなくてはならない、といった数多くのLGBT当事者の声が掲載されています。
 LGBT当事者でない人が、「自分の周囲にはLGBTの人々が居ない」と思いがちなのは、まさにこうした事情によります。休み時間に何の気なしに「恋バナ」に花を咲かせたり、飲み会で「お前、彼女いないのか」などと部下や同僚に声をかけたりしていることが、「言い出せていない」LGBT当事者にとって、たいへんなストレスとなっていることに気づく必要があります。
 ここ数年のわが国における各種調査で、幅はあるものの、11人から30人に1人の割合でLGBT当事者が存在することが示唆されています。これは、企業でいえば、課に1人とか、部や支店に1人、といった割合です。そう考えると、LGBT当事者でない人も、自分の身近にLGBT当事者がいるという前提で行動しなければならないのです。
 そこで、各職場における「アライ」の存在が重要になってきます。
 アライとは、英語のally(同盟、支援者)が語源で、LGBTなど性的マイノリティについて理解・共感し、その直面する困難や課題の解消にともに取り組む仲間のことです(LGBTとアライのための法律家ネットワーク 著、藤田直介 著・編集、東由紀 著・ 編集『法律家が教えるLGBTフレンドリーな職場づくりガイド』)。
 毎日顔を合わせる職場の上司・同僚・部下がアライであることを表明し、理解ある行動をしていればLGBT当事者にとって、その職場が自分の居場所と感じられる助けとなるでしょう。先述の増原氏も、「彼氏」「彼女」と言う代わりに「つきあっている人」という言葉を使う、といった小さなことでもアライとしての行動になる、とNBLの同号で指摘しています。




ビジネスパーソンに必要なLGBT理解
 カミングアウトは推奨されたり強制されたりするものではありませんが、勇気をもってカミングアウトし、それを広く公表されている方々のストーリーを読むことは、ビジネスパーソンとしてLGBT支援を理解するうえで大変役に立ちます。
 公表されているカミングアウトストーリーを読みますと、勤務先で最初にカミングアウトする相手は、人事部門やその他のダイバーシティ推進の担当者というよりも、まず、直属の上司や所属部署の同僚であることがみてとれます。
 たとえば、「(LGBT支援への取組みに熱心な)自分の部の上司がこんなに気を使ってくれているのに、当事者の私が黙っているままでは申し訳ないと思っ」て、その上司に対してカミングアウトした、と語っている人がいます。「会社内では、所属しているチームの人たちに」カミングアウトした、と語っている人もいますし、海外の親会社に出張した際に、そこの「業務上の上司」に「人生初のカミングアウト」をして、「帰国後に日本(の勤務先)の人事と接点を持つようにな(った)」と語っている人もいます。
 虹色ダイバーシティと国際基督教大学ジェンダー研究センターが発表した「niji Voice 2018」の結果も、このことを裏付けているように思います。
 そこでは、性のあり方(性的指向、性自認など)に関連した差別的言動や困りごとがあった際の、相談先ごとの相談しやすさについて、「“当事者の友人”“職場外の相談窓口”が相談しやすい」と要約されていて、職場においてはまだまだ相談しにくいことが示されています。
 このことはきちんと受け止めねばなりませんが、私としては、「職場の人事部門・相談窓口・保健センター」と、「職場の上司」「職場の同僚・部下」との間に、相談しやすさについてほとんど差がない点にも注目すべきだと思います。








 つまり、このデータからは、現状でも、LGBT当事者が現に働いている職場で近くにいる上司・同僚・部下が、人事部門や相談窓口と同じ程度に相談相手として期待されている、ということが読み取れるのではないでしょうか。
 そうだとすれば、企業のLGBT支援において人事部門が重要な役割を担うことに疑いはないものの、人事部門にいっさいを任せておけばよいものではなく、すべての働く仲間が自分ごととして考えなければならないことだと、人事部門以外で働く皆様もお気づきになるのではないでしょうか。




ハードの整備とソフトの充実は車の両輪
 企業におけるLGBT施策の目的は、LGBTの従業員を優遇することでも、特権を与えることでもありません(谷口洋幸編著『LGBTをめぐる法と社会』)。しかし、そのことを全従業員に理解させないままに、冒頭で紹介したような人事制度改定を行っていくならば、職場に誤った不公平感や無用な軋轢を生み出しかねません。
 従って人事部門は制度改定と並行して、研修などにより従業員の理解度向上を図らねばなりません。しかし、各職場のカルチャーを形成するのに大きな影響力を持っているのは、やはり直接の評価権を持つ部長・支店長・課長といった組織の長でしょう。
 そうした人事部門以外の各職場の管理職が先頭に立って理解を深め、アライであることを表明し、職場から差別的な言動を撲滅するなどして、LGBT当事者がその職場を自分の居場所と感じられるように、カルチャーを醸成していく必要があります。
 言い換えますと、企業のLGBT支援においては、人事制度という「ハード」の整備と、人々の心によって形作られる職場カルチャーという「ソフト」の充実が、車の両輪のように並行して進められなければならないということです。そして特に後者については、人事部門以外で働く皆様も等しくその担い手であると自覚することが重要です。




LGBTとアライのための法律家ネットワーク理事 高山 寧

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