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職場2023.05.29

【4レポート比較】数字でLGBTの実情を徹底解説、割合は?差別は?対応企業は何%?


 国がLGBTに関する職場整備の取り組みを開始しています。2017年1月厚生労働省はセクハラ指針を改正、防止義務の対象となる性的な言動に「性自認・性的指向に関するもの」が含まれることを明記。今国会ではパワハラ関連法が成立し、国会付帯決議で、パワハラ防止指針に「性的指向・性自認に関するハラスメント」、「本人が望まない職場内での暴露(いわゆるアウティング)」が含まれることとなりました。セクハラ指針の改正からすでに2年が経過し、LGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなどの性的少数者)に関する社会の意識が大きく変化する中、企業経営者はLGBTに無関心でいてよいのか?各種調査を通じて検証します。(この記事はオンラインメディアBusiness+ITに2019年8月20日に掲載されたものです)。




<目次>
1. うちの会社にLGBT当事者はいない?
2. わが社の職場でLGBT当事者に対するハラスメント・差別はない?
3. LGBT施策は本当に効果があるのか?
4. LGBT施策、「待ち」の姿勢では危ない




うちの会社にLGBT当事者はいない?
 「当社にLGBT当事者はいないから特別な対応など必要ない」。LGBT施策を行わない理由としてときどき聞く声です。しかし本当にそうでしょうか?
 ここ数年、多くのLGBTに関する調査が行われており(表参照)、LGBT当事者の数・割合に関する調査結果が公表されています。大阪市で実施された「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」によればLGBT当事者(誰に対しても性愛感情を抱かない「アセクシュアル・無性愛者」を含む)の割合は3.3%、「決めたくない・決めてない」と答えた人を足すと8.2%です(速報値)。




(出典:科学研究費助成事業「性的指向と性自認の人口学-日本における研究基盤の構築」の研究チーム実施「大阪市民の働き方と暮らしの多様性と共生にかんするアンケート」)



 電通ダイバーシティ・ラボ(以下、DDL)の「LGBT調査2018」では、ストレート層(生まれたときに割り当てられた身体の性と性自認が一致しており、異性愛者である人)を除いたすべてのセクシュアル・マイノリティをLGBT層と定義し、自分の性自認や性的指向を決められない・決まっていないクエスチョニングやその他のセクシュアル・マイノリティも含め8.9%と発表しています。
 DDLは2012年、2015年にも同様の調査を実施しています。2012年は質問方法が異なるため、単純比較はできませんが、2015年調査時よりもLGBT層該当者の割合が7.6%から、0.6ポイント増加しています。DDLはビジネス+ITからの問い合わせに対し、「主な増加要因として、LGBTに関する情報の増加による一般理解の進展、LGBTへの理解が深い若年層のアンケート対象構成比の増加にあると推測しています」と回答しています。




LGBT当事者の割合
(出典:連合「LGBTに関する職場の意識調査」)



米国Gallupの調査でも、2012年以降LGBTを自認する層の割合が年々0.1から0.2ポイント増加、2017年には4.5%と2016年の4.1%から0.4ポイント増加しており、LGBT当事者の割合について、米国でもDDLの調査と同様の増加傾向がみられます。これはLGBT当事者の絶対数が増加したというより、自己のセクシュアリティについて回答することへの躊躇・ためらいについての心理的障壁が、社会環境の変化などを通じて一定程度緩和していることが背景にあるとも考えられます。そうだとすると今後の調査でLGBT層の割合が増加していく可能性もあります。
 個々の調査に基づく割合をそのまま日本全体また企業のLGBT当事者の割合として一般化することはできません。しかしながら、これらの調査、そして国・自治体の取り組み、内外の社会の変化を踏まえたとき、職場環境の構築にあたって、「わが社にはLGBT社員はいない」という前提で取り組むことには大きなリスクを伴うといえそうです。




うちの職場でLGBT当事者に対するハラスメント・差別はない?
 「仮に百歩譲ってLGBT当事者がいるとしても、差別やハラスメントなどないし、特別な手当ては必要ない」。これも企業のLGBT支援の話をするとよく聞こえる声です。果たしてそうでしょうか。いくつか参考となる調査結果があります。
 連合の「LGBTに関する職場の意識調査」によれば、職場におけるLGBT関連のハラスメントを受けたり見聞きした人は全体の22.9%、また職場におけるLGBT関連の差別的な取り扱い(解雇・降格・配置変更など)を受けたり見聞きした人は全体の11.4%にのぼります。この調査で注目すべきは次の2点です。




LGBTに関するハラスメントの状況
(出典:連合「LGBTに関する職場の意識調査」)



職場におけるLGBT関連の差別的な取り扱い(解雇・降格・配置変更など)
(出典:連合「LGBTに関する職場の意識調査」)



 第一にこの見聞きした割合は管理職になるとそれぞれ35.1%、21.1%と増加することです。一般社員全体の認識より管理職の認知率が高いのは、ハラスメント・差別について実際に報告を受けていることが背景にあると考えられます。第二にLGBT当事者が「身近にいる人」と「身近にいない人」との間で割合に顕著な差異があります。
 LGBT当事者が「身近にいる人」では57.4%の人がハラスメントを見たり聞いたりしていると回答しているのに対し、「身近にいない人」ではその割合は14.8%と大きく下がります。差別についてのそれぞれの割合は36.3%と5.6%です。
 LGBT当事者が「身近にいない」企業が現在の実態であるとすると、100名社員がいた場合、57名はハラスメントがあると感じてもおかしくないが、それに気づいている一般社員は15名、差別については、36名の社員は差別があると感じてもおかしくないが、気づいている一般社員はわずか6名しかいないということになります。
 LGBT当事者は、その性的指向・性自認に対する無理解、また偏見・差別に対する恐れから、職場においてそのことを秘し、また知られることについて極度に警戒し、懸念しています。このことと以上の調査結果をあわせて考えれば、企業は、LGBT当事者が現実に存在し、LGBT当事者に対するハラスメント・差別が知らないうちに起きている可能性があることを前提に、適切な配慮と制度を構築することが求められているといえます。




LGBT施策は本当に効果があるのか?
 「LGBT支援施策を導入・推進しても、誰もカミングアウト(性自認・性的指向を公開すること)しないし、本当に効果があるのか?」と考える人もいるでしょう。そもそもカミングアウトを施策効果の目標に設定すること事態適切ではありません。
 カミングアウトをする・しないは本人が選択し、そのうえでカミングアウトをしたい社員は安心してカミングアウトができる職場環境を構築することを目標とすべきです。ただそうはいっても目に見える成果がないと企業としては施策の導入・推進には踏み切れないという声が聞こえてきそうです。この点についての調査をみてみましょう。
 まず職場におけるLGBT施策の有無に関するデータをみてみましょう。DDL「LGBT調査2018」によると、回答者が勤めている企業に性の多様性に関して何らかのサポート制度があるとの回答は16.3%にとどまり、「ない」または「わからない」との回答は83.7%にのぼります。




多様性に関して何らかのサポート制度があるとの回答は16.3%にとどまる
(出典:電通ダイバーシティラボ「LGBT調査2018」より)



 虹色ダイバーシティと国際基督教大学 ジェンダー研究センターが発表した「niji Voice 2018」の結果もほぼ同様で、職場のLGBT施策について「特に何の対応もない」という回答が70%以上となっています。




職場のLGBT施策の数
(出典:虹色ダイバーシティ、国際基督教大学 ジェンダー研究センター「niji Voice 2018」)



 同調査によるとLGBT施策の有無・数については企業規模(大企業・中小企業・小企業)で差異が認められ、「まったくない」の割合が、大企業53.4%、中小企業79.5%、小企業81.9%となっています。




企業規模とLGBT施策の数の関係(出典:虹色ダイバーシティ、国際基督教大学 ジェンダー研究センター「niji Voice 2018」)




 一方、何らかの施策を導入している企業の割合は、大企業46.6%、中小企業20.6%、小企業18.1%となっています。企業の取り組みが、特に中小企業において進んでいない現状が明らかになっています。なお、導入を希望するLGBT施策としては過半数が「福利厚生での同性パートナーの配偶者扱い」、「差別禁止の明文化」、「トランスジェンダーの従業員へのサポート」、「職場での性的マイノリティに関する研修、eラーニング」を挙げています。
 次に施策の効果についてみてみます。「niji Voice 2018」が、企業のLGBT施策の数と職場における「心理的安全性」、「働きやすさ」、「相談しやすさ」、「メンタルヘルス」各項目との相関関係を調査しています。
 なおメンタルヘルスについては、一般住民を対象とした精神的な問題の程度を表す指標として広く利用されているK6で4点以下を基準としています。詳細は調査結果を参照いただければと思いますが、企業のLGBT施策数が多いほど正の相関関係があることが示されています。企業として、施策導入の効果をはかる必要があるということであれば、「niji Voice 2018」の手法を参考として、施策開始前と施策開始後に社内アンケートを実施・分析することが考えられるのではないでしょうか?




LGBT施策、「待ち」の姿勢では危ない
 LGBT当事者を含むすべての社員が安心して働くことのできる職場を構築することは、法令遵守、法的リスクの回避、社員の人権保護という観点から重要であり、労働契約法等に基づく企業の基本的な義務です。
 裁判例に照らすと、安全配慮義務違反については多くの場合、企業の予見可能性、予見可能性に基づき適切な制度整備を行っているかが問われています。社会の動き、そして数多くの調査に照らせば、現実に問題が発生した場合、LGBT当事者が直面する職場の困難について予見可能性がなかったとの主張がそのまま認められる可能性は極めて低いといわざるをえません。
 なお、企業がLGBT支援に取り組むことは上記のような負の効果の防止という側面のみならず、経団連「ダイバーシティ・インクルージョン社会の実現に向けて」報告書が指摘するとおり、幅広いプールからの人材獲得と退職の抑制、働きやすい社内環境の整備による生産性の向上、自社のブランド価値向上、ビジネスの拡大など、多くのプラスの効果も期待できます。
 セクハラ指針はすでに2年前に改正されています。今後パワハラ指針の施行を待って取り組みを進めようと考えている企業もあると思いますが、それまで待つことが果たして適切でしょうか。今一度社内でご検討いただくことをおすすめします。




LGBTとアライのための法律家ネットワーク 共同代表理事 藤田直介

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