LGBTと
アライのための
法律家ネットワーク
職場2023.05.30

他社はどうしてる? LGBT支援の体制づくり、企業はどこから手をつけるべきか


企業におけるLGBT施策に関しては、今やさまざまな書籍が出版され、先行事例も数多く紹介されています。本稿では、それらすべての施策を網羅することはできませんが、先行事例では具体的にどのようなことが実施されているのかを概観します。ダイバーシティ経営施策に悩んでいる企業は、ぜひ参考にしてみてください。(この記事はオンラインメディアBusiness+ITに2020年4月7日に掲載されたものです)。




<目次>
1. 指針の策定、規程の改定、経営者宣言、どう書く?
2. 人事制度の整備で考えられること
3. 現在の慣習は本当に必要? 設備面での配慮
4. 社内でのLGBT理解を増進する取り組み例
5. LGBT理解がビジネスと社会を豊かに
6. 今後さらに期待される企業の発信力




指針の策定、規程の改定、経営者宣言、どう書く?
 すでに「倫理規程」やそれに類する規程があり、そこで、国籍や人種、性別などによる差別の禁止がうたわれているならば、その差別禁止条項に、「性的指向・性同一性(性自認)を加筆する」ことが、「LGBT支援のための体制づくり」のはじめの一歩になると思います。
 たとえば、野村ホールディングスの「野村グループ行動規範2020」第18条は、下記のように定めています。

私たちは、国籍・人種・性別・性自認・性指向・信条・社会的身分・障がいの有無等を理由とする、一切の差別を行わず、均等に機会を提供します。
私たちは、社会の異なる価値観を尊重し、すべての人々に対し、常に敬意をもって誠実に向き合います。


この「行動規範」は昨年12月に公表されたものですが、上記条文の前身である「野村グループ倫理規程」の差別禁止条項には、2012年に「性的指向、性同一性」という語句が挿入されておりました。さらにここに付け加えるならば、「差別禁止」の観点のみならず、多様性の尊重を通じた従業員の能力発揮・生産性の向上という「ダイバーシティ&インクルージョン」の観点も同時に打ち出されるべきだと考えます。
 野村ホールディングスは、上に述べた倫理規程改定の4年後、2016年に「グループ・ダイバーシティ&インクルージョン推進宣言」を採択し、そこで「性自認・性指向」を改めて明示しました。

我々は、国籍・人種・性別・性自認・性指向・信条・社会的身分・障がいの有無等に限らず、それぞれの価値観、経験や働き方なども含めた、広い意味での多様性を尊重し、互いに認め合い、従業員一人一人が自らのもつ能力や個性を発揮し、活躍できる職場環境づくりに取り組んでいきます。

 これら「行動規範」及び「宣言」では、性自認・性指向がマジョリティーと異なることは決して「障がい」ではなく、むしろ「性別」に近づけて捉えるべき、ということをより明確に打ち出すべく、「性別」の直後に「性自認・性指向」を列挙したことも注目したい点です。
 このような並べ方をしている例はまだ多くはありませんが、「JTグループ行動規範2018」第15項は、「性別、性自認、性的指向や年齢、国籍だけではなく、経験、専門性など、異なる背景や価値観を尊重し、お互いの違いに価値を認めて、個々人が能力を発揮できる職場づくりに努めます」という定め方をしています。
 両社の事例とも、これから規程の改定や新たな経営者宣言の起草をする方には、参考になると思います。




人事制度の整備で考えられること
 次に、人事制度について考えていきましょう。企業内の人事制度については、それらが戸籍上の親族関係に本当に依拠しなければならないものか、また、男女を区別することに本当に合理性があるのか、など、問い直す余地が多々あります。
 まず、「配偶者」に適用される福利厚生制度を、同性パートナーやその親族についても認める企業が増えています。育児・介護関連の休暇や慶弔休暇(結婚・忌引)、結婚祝い金や弔慰金の支給などがその例です。
 また、転勤の際に同性パートナーの帯同を会社の費用負担で認める企業もあります。「配偶者」として扱うべき同性パートナーを確認する手段としては、同性パートナーシップ制度を導入している自治体に住んでいればその自治体の発行する証明書を受け入れることができますが、そうでない場合には、同居の事実を証明する住民票を提出してもらう、などの方法が実際に行われています。




現在の慣習は本当に必要? 設備面での配慮
 制服や指定の作業服などが男女別になっている場合、自認する性別と異なる服の着用を求められることは、トランスジェンダーの従業員にとって、苦痛の素となります。
 この場合、当事者の要望による性自認に沿った制服・作業服の着用を認めることで対処するだけでなく、そもそも男女で区別された制服や作業服の着用に業務上の必然性があるかを問い直すべきでしょう。工場での作業服において、性別での色分けを廃止し、女性向け・男性向けというサイズ表記を改め、身長と体重で細分化されたサイズ指定にした企業などの例があります。
 トランスジェンダーの従業員については、トイレの使用や、寮・合宿研修での部屋割りなど、設備に関わる配慮も必要になります。性自認に沿ったトイレの使用や寮の選択を認めたり、合宿において個室の手配を行う、といった例のほか、既存のトイレを性別に関わらず使用できるように変更した例もあります。




社内でのLGBT理解を増進する取り組み例
 さて、人事制度を整備し、設備面での配慮もできるよう態勢を整えたとしても、LGBT当事者からの申し出がなかなか来ない、ということもあるでしょう。LGBTに対する差別感情がある職場では、整備された制度を利用することで自分がLGBTであると知られることを恐れ、利用が進まないということもあるでしょう。
 また、これまで述べたような人事制度の整備や設備面での配慮は、LGBTの従業員を優遇することでも、特権を与えることでもありません。ですが、そのことをすべての従業員に理解させないまま進めてしまうと、職場に誤った不公平感や無用なあつれきを生み出しかねません。そして、それらがさらにLGBT当事者に制度の利用をちゅうちょさせることになります。
 そこで、会社、特に人事部門やダイバーシティ推進を担当する部門が主体となって、外部団体の力を借りるなどして、理解を促進する研修やイベントを行うことが有効です。
 たとえば、LGBT当事者の講師が自らの経験を話すことで、当事者がカミングアウト前にどのように感じて生きてきて、カミングアウト後にそれがどのように変わったか、そのナマの声が研修参加者の心に突き刺さるでしょう。また、研修参加者は登壇したLGBT当事者の姿かたちを見て、LGBTは見た目では分からないこと、そして「これまでLGBT当事者に会ったことがない」という認識がいかに根拠の無い思い込みであったかということを痛感することにもなるでしょう。
 会社の人事部門などが直接、研修やイベントを企画・実施するだけでなく、LGBTのテーマに興味・関心を持つ従業員が集まってネットワークを組成し、このネットワークが一定の予算を会社から得て、主体的に啓発イベントを企画・運営する、という方法もあります。
 共通の分野に自発的に取り組みたい従業員が集まる「従業員ネットワーク」が行う啓発イベントとしては、LGBT当事者を招いたスピーカーイベントの他、映画鑑賞会、社員食堂での展示会、パンフレットやグッズの製作・配布など、さまざまなことが実際に行われています。




LGBT理解がビジネスと社会を豊かに
 指針の策定、制度の整備、研修や啓発イベントの実施を通じて、LGBT当事者の置かれた現状について社内での理解が進むと、今の社会に足りていない商品やサービスに気づき、これらを開発し社会に問う動きが生まれることが期待されます。実際に、下記のような取り組みが各社から公表されています。

・生命保険契約の死亡保険金受取人に同性パートナーを指定できるようにする
・配偶者が受けられるマイレージサービスを同性パートナーも受けられるようにする
・携帯電話サービスの家族割の対象に同性パートナーを含める
・住宅ローンにおける家族ペア返済や、収入合算における配偶者の定義に同性パートナーを含める


 また、日々の顧客対応の現場でも、顧客の中にLGBT当事者が含まれている可能性を常に意識し、LGBT当事者の人々がどのような気持ちで暮らしているかに心を寄せられる担当者は、不用意にLGBT当事者の顧客を傷つけるような言動(たとえば、男性顧客のパートナーが女性であることを前提に「今度は奥さまと」などと会話を進めてしまう、など)を避けることができるでしょう。そのことが、より幅広い顧客層から支持され、より高い業績を上げることにもつながるでしょう。




今後さらに期待される企業の発信力
 企業にとっての「ダイバーシティ&インクルージョン」は、LGBT当事者に限らず、多様な人材ひとりひとりが生き生きと自分らしく、個性や能力を発揮できる職場を実現するための基本的な考え方です。そして、企業が多様な人材を獲得し、彼らに生き生きと働き続けてもらうためには、職場を離れて彼らが普段の生活を送る社会においても、生き生きと自分らしく暮らせる場が確保されていなければなりません。
 そこで、多くの企業が自社の「ダイバーシティ&インクルージョン」施策を公表しており、これを客観的に評価する試みも行われています。LGBT分野では、昨年4年目を迎えた「PRIDE指標」が参加企業・団体を年々増やしています(2016年の第1回には82企業・団体、昨年の第4回は194企業・団体)。
 その他、国連は2017年に「LGBTIの人々に対する差別解消への取り組み-企業のためのグローバル行動基準」を策定し、これまでに世界で270を超える企業が賛同を表明、日本でも富士通、丸井グループ、野村ホールディングスが賛同しています。
 また、2018年9月には在日米国商工会議所が「日本で婚姻の平等を確立することにより人材の採用・維持の支援を」と題する意見書を公表し、これまでにソフトバンク、パナソニック、LIXILなど84の企業・団体から賛同の声が上がっています。
 いまや企業は、自社におけるダイバーシティ施策を充実させるだけでなく、積極的に対外発信を行うことで、社会の変革に向けた力となることが期待される時代になっているのです。




〔参考文献〕
法律家が教えるLGBTフレンドリーな職場づくりガイド』(藤田 直介・東 由紀・LGBTとアライのための法律家ネットワーク(LLAN)著、法研)
ケーススタディ 職場のLGBT』(弁護士法人東京表参道法律事務所 著、寺原 真希子 編、ぎょうせい)
トランスジェンダーと職場環境ハンドブック』(東 優子・虹色ダイバーシティ・ReBit 著、日本能率協会マネジメントセンター)




LGBTとアライのための法律家ネットワーク理事 高山 寧

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